ギリシア神話

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ギリシア神話(-しんわ、希:ΜΥΘΟΛΟΓΙΑ ΕΛΛΗΝΙΚΗ,英語:Greek mythology)は、古代ギリシア の諸民族に伝わった神話伝説 をコアに、様々な伝承や物語などの要素が組み込まれ、累積してできあがった、世界の始まりと、神々、そして英雄たちの物語である。古くは、紀元前8世紀のヘーシオドス による『神統紀 (テオゴニア) 』にその骨格が示されている。古典ギリシア市民の標準教養として、更に、古代地中海世界での共通教養として、ギリシア人以外にも広く知れ渡った神話の集成を言う。紀元1世紀のアポロドーロスの『ビブリオテーケ』が、神話の概略を提供する。

 アテナイ・アクロポリスの丘とパルテノン神殿
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 アテナイ・アクロポリスの丘とパルテノン神殿

神話(μυθολογία, mythologia)とは、μυθος(mythos)と λογος(logos)の合成語であり、「ミュートス (mythos)」は、「語ること・語られた内容」、そしてまさに語られたものとしての「物語 ・話・伝説 ・神話」を意味する。他方、「ロゴス (logos)」は、legein という動詞から派生した名詞で、legein は大きく二種類の意味を持ち、一方は、「述べる・語る・話す」であるが、他方は、「集める・数える・選ぶ」という意味で、前者から「話・言葉 」の意味が生じ、後者からは「分別・思考理性 」というような意味が生じている。「ミュートロギア」は、こうして「神話や伝説を語ること」という意味で、プラトンは、(おそらく、「集める・数える」という後者の意味を考慮して)民族 などが持つ神話伝承等の系統的全体としての「神話 」を、この語で示した。

目次

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典拠

概説

 叙事詩人ホメーロス
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 叙事詩人ホメーロス
 ヘーシオドスとムーサ (ギュスターヴ・モロー画)
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 ヘーシオドスとムーサ
(ギュスターヴ・モロー画)

今日、ギリシア神話として知られる神々と英雄たちの物語は、紀元前9世紀または8世紀頃に属すると考えられるホメーロス の二大叙事詩『イーリアス 』と『オデュッセイア 』、そしてホメーロスより少し時代をくだる紀元前8世紀の詩人ヘーシオドス が 歌った、神々の系譜の作品である『テオゴニア』において、すでに古代ギリシアの人々に周知の「神話」として言及され記述されていた。このことから、彼らの 時代、すなわち紀元前9世紀-紀元前8世紀においては、「体系的なギリシア神話」がヘレネスの世界には存在していたと考えられる。

無論、それは地域ごとで食い違いや差異があり、伝承の系譜ごとで様々なものが未だ渾然として混ざり合っていた状態であるが、しかし、オリュンポス を支配する神々が誰であるのか、代表的な神々の相互関係はどのようなものであるのか、また世界や人間の始源に関し、どのような物語が語られていたのか、それらは、ヘレネスにおいてほぼ共通した了解のある、或るシステムとなって確立していた。

しかし、個々の神や英雄は具体的にどのようなことを為し、古代ヘレネスの国々にどのような事件が起こり、それはどういう神々や人々・英雄と関連し て、どのように展開し、どのような結果となったのか。これらの詳細や細部の説明・描写などは、後世の詩人や物語作者などの想像力が、その詳細を明らかに し、ギリシア神話の壮麗な物語の殿堂を飾ると共に、陰翳に満ちた複雑で精妙な形姿を構成したのだと言える。

ギリシア悲劇の作者たちが、ギリシア神話に奥行きを与えると共に、人間的な深みをもたらし、神話をより体系的に、かつ強固な輪郭を持つ世界として築き上げて行った。ヘレニズム 期においては、アレクサンドリア図書館 長で詩人でもあったカルリマコスが膨大な記録を編集して神話を敷衍し、ロドスのアポローニオスなどが新しい構想で神話物語を描いた。ローマ帝政期に入って後も、ギリシア神話に対する創造的創作は継続して行き、紀元1世紀の詩人オウィディウス・ナッソ の『転身譚』が新しい物語を生み出しあるいは再構成し、パウサニアスの歴史的地理的記録やアプレイウスの作品などがギリシア神話に更に詳細を加えて行った。

体系的記述

ギリシア神話を体系的に記述しようとした試みは、実は紀元前8世紀のヘーシオドスの『テオゴニア(神統記)』が嚆矢である。ホメーロスの叙事詩 などでは、すでに聴衆にとっては既知のものとして、詳細が説明されることなく言及されている神々や、古代の逸話などを、ヘーシオドスは系統的に記述しようとした。

このような試みは、紀元前6世紀から5世紀頃のアルゴスのアクーシラーオスやレーロスのペレキューデースなどの記述にも存在し、現在はすでに湮滅し て僅かな断片しか残っていない彼らの「系統誌」は、古代ギリシアの詩人や劇作家、あるいはローマ時代の物語作家などに大きな影響を与えた。

古代におけるもっとも体系的なギリシア神話の記述は、紀元1世紀頃と考えられるアポロドーロスの筆になる『ビブリオテーケ(3巻16章+摘要7 章)』である。この体系的系統本は、紀元前5世紀以前の古典ギリシアの筆者の文献等を元にギリシア神話が纏められており、オウィディウスなどに見られる、 ヘレニズム化した甘美な趣もある神話とは、まったく異質で荒々しく古雅な神話系譜を記述していることが特徴である。

典拠著作・作者

  • 古代ギリシア詩
  • 系譜学者たち(紀元前6世紀-紀元前5世紀頃)
  • アルゴスのアクーシラーオス [著作は湮滅]
  • レーロスのペレキューデース [著作は湮滅]
  • 古典劇作家詩人
  • ピンダロス Πινδαρος (紀元前522年頃-紀元前443年) 『オリュンピア祝祭歌』他多数・合唱詩(コロス
  • 古典悲劇詩人
  • アイスキュロス Αισχυλος (紀元前525年頃-紀元前456年) 『ペルシア人』『縛られたプロメーテウス』『テーベに向かう七人』『オレステイアー三部作』。
  • ソポクレース Σοφοκλης (紀元前496年頃-紀元前406年) 『アイアス』『アンティゴネー』『オイディプス王』『エレクトラ』『コロノスのオイディプス』
  • エウリピデース Ευριπιδης (紀元前480年頃-紀元前406年) 『メデイア』『ヒッポリュトス』『アンドロマケー』『トロイエの女』『ヘカベー』『バッコスに憑かれた女たち』『イオン』『オレステース』。
  • ヘレニズム期
  • カルリマコス Καλλιμαχος (紀元前310年頃-紀元前240年頃) 詩人・アレクサンドリア図書館長
  • ロドスのアポローニオス Απολλωνιος Ροδιος (紀元前295年?/270年頃-紀元前215年) 『アルゴナウティカ(4巻)』
  • ローマ帝政期
  • アポロドーロス Απολλοδωρος (紀元1世紀頃) 『ビブリオテーケー(系統譜・ギリシア神話)』
  • オウィディウス・ナッソ Publius Ovidius Naso (紀元前43年-紀元17年) 『転身譚(Metamorphoses)』『祭暦(Fasti)』
  • アプレイウス Lucius Apuleius (紀元124年頃-180年頃) 『黄金の驢馬(Metamorphises)』-『愛と心の物語』
  • パウサニアス Παυσανιας (紀元2世紀) 『ギリシア案内記』

構成

ギリシア神話は、大きく分けると、三つの部分または主題から構成される。

  • 世界の起源
  • 神々の物語
  • 英雄たちの物語

第一の「世界の起源」を主題とする神話物語は、分量的には短く、アルカイク な素朴な神話という趣がある。それは、後述するように、主に二つの系統が存在する。(ヘシオドス が『テオゴニア』で記したのは、主として、この「世界の起源」に関する物語である)。

第二の「神々の物語」は、世界の起源の神話と、その前半において密接な関連を持ち、後半では、英雄たちの物語と絡み合っている。英雄たちの物語で、 人間の運命の背後にあって神々の様々な思惑があり、活動が行われ、それが英雄たちの物語にギリシア的な奥行きと躍動を与えている。

第三の「英雄たちの物語」は、分量的にはもっとも大きく、いわゆるギリシア神話として知られる物語や逸話は、大部分が、このカテゴリーに入る。この第三のカテゴリーが膨大な分量を持ち、夥しい登場人物から成るのは、日本における神話の系統的記述とも、ある意味で言える、『古事記 』やそれに並行しつつ、歴史時代にまで記録が続く『日本書紀 』がそうであるように、古代ギリシアの歴史時代における王族や豪族、名家と呼ばれる人々が、自分たちの家系に権威を与えるため、神々や、その子である「半神 」としての英雄 や、古代の伝説的英雄を祖先として系図 作成を試みたからだとも言える。

神話的英雄や、伝説的な王などは、膨大な数の子孫を持っていることがあり、樹木の枝状に、子孫の数が増えて行く例は珍しいことではない。末端の子孫となると、ほとんど具体的エピソードがなく、単なる名前の羅列になっていることも少なくない。

しかし、このように由来不明な多数の名前と人物の羅列があるので、歴史時代のギリシアにおける、多少とも名前のある家柄の市民は、自分は神話に記載されている誰それの子孫であると主張できたとも言える。ウェルギリウス の『アイネーイス 』が、ローマ人 の先祖を、トロイエー戦争 にまで遡らせているのは、明らかに神話的系譜の捏造であるが、これもまた、広義にはギリシア神話だとも言える(正確には、ギリシア神話に接続させ、分岐させた「ローマ神話 」である)。ウェルギリウスは、ギリシア人 自身が、古代より行って来たことを、紀元前1世紀 後半に、ラテン語 で行ったのである。

その他

YOSHIKI がこのショーのために楽曲「世界の終りの夜に」を提供、話題になった。

関連項目

ウィキメディア・コモンズ に、ギリシア神話 に関連するマルチメディアがあります。

参考文献

原典翻訳

  • ホメーロス 『イーリアス・上中下』 岩波書店 (呉茂一 訳)
  • ホメーロス 『オデュッセイア・上下』 岩波書店 (呉茂一 訳)
  • ヘーシオドス 『神統記』 岩波書店
  • ヘーシオドス 『仕事と日』 岩波書店
  • ホメーロス 『ホメーロスの諸神讃歌』 ちくま学芸文庫
  • アポロドーロス 『ギリシア神話』 岩波書店
  • オウィディウス 『変身物語・上下』 岩波書店
  • アプレイウス 『黄金の驢馬』 岩波書店

ギリシア神話体系記述本

  • 呉茂一 『ギリシア神話』 新潮社
  • ロバート・グレーヴス 『ギリシア神話・上下』 紀伊國屋書店
  • カール・ケレーニー 『ギリシア神話-神々の時代』 中央公論社
  • カール・ケレーニー 『ギリシア神話-英雄の時代』 中央公論社

参考書

  • 高津春繁・斎藤忍随 『ギリシア・ローマ古典文学案内』 岩波書店
  • 藤縄謙三 『ギリシア神話の世界観』 新潮社

辞典

  • 高津春繁 『ギリシア・ローマ神話辞典』 岩波書店
  • Liddell & Scott 『 An Intermediate Greelk-English Lexicon 』 Oxford
  • Liddell & Scott 『 Greek-English Lexicon 』 Oxford

その他

  • 里中満智子 『漫画ギリシア神話・全8巻』 中央公論新社

外部リンク